Q.基本的な用語について


・Atom

YASARAにおける原子の表現。
各Atomには元素名の他に固有の名前(Name,最大4文字)と番号(Number)が振られている。
また、各Atomが含まれているResidue, Molecule, Objectの情報も記載されている。

 


・Residue

YASARAにおける残基(原子の連続的な集合体)の表現。各ResidueにAtomが格納されている。
各Residueには固有の名前(Name,最大3文字)と番号及びコード(Number, Insertion code)が振られている。

 


・Molecule

YASARAにおける分子(残基の連続的な集合体)の表現。各MoleculeにResidueが格納されている。
各Residueには固有の名前(Name,最大1文字)が振られている。



・Object

Molecule 及び追加アイテムの集合体を表す(連続している必要なし)。各ObjectにMoleculeが格納されている。
マウスやキーボードを用いて移動させることができる。
追加アイテムとしては矢印やラベルなどの情報が含まれる。
アクティブ状態と非アクティブ状態を切り替えることができ、非アクティブ状態のObjectはSoupから除かれる。
(切り替えは「Remove」コマンドと「Add」コマンドにて行う)

 


・Soup

アクティブなObjectに含まれるすべてのAtomを意味する。
矢印やラベルなどの情報は含まれない。

 


・Scene

アクティブであるか非アクティブであるかにかかわらず、すべてのObjectをひとまとめにしたものを意味する。
Sceneとして保存した場合、矢印やラベルなどを含む全Objectについて、位置や向きも維持したまま保存することができる。

 


・All

コマンドを実行するにあたって指定可能なすべての対象を意味する。
この時"All"が「全てのObject(Scene)」を指すか、「アクティブなObject中の全てのAtom(Soup)」を指すかは、各コマンドによって異なる。



・HUD

Head Up Displayの略。YASARA操作画面上に表示される情報のこと。
HUDにて表示される情報は以下の通り。
(画面左側)atom properties
(画面右側)scene content, simulation parameters (※Ctrl+Insert or Ctlr+I にて切り替え)
また、Insertキー or IキーにてHUDの表示・非表示を切り替えられる。



・Bond

pH依存性に従って決定される2原子間の共有結合のこと。
化学的な「結合」には様々な種類が存在するが、YASARAでは典型的な共有結合のみに"Bond"という語を用いる。
イオン結合や配位結合などは結合(Bond)として処理されない。分子動力学計算において力場(force field)はこれらの結合を再現するために静電相互作用を考慮するので、"Bond"として明示的に結合を加えることは力場パラメータを割り当てる際に問題を起こす原因となる。

PDBファイルにて金属イオンとの結合が指定されている('CONECT'から始まる行で記されている)場合、YASARAはそれを"Arrow bond"(矢印)に変換する。灰色の円柱として可視化できるようになるが、Soupには含まれないため、金属結合の構造を保持するためにシミュレーション開始時に距離と角度の拘束を与えるという一つ例外を除き、ほとんどの計算では無視される。

共有結合には単結合や二重結合など複数の次数(Order)が存在するが、YASARAでは共鳴構造も含めて非整数の結合次数(fractional bond orders)もサポートされている。これにより対称性の保持や潜在的な化学的性質をより良く表すことができる。<F2>キーを押してSceneスタイルを"ball & stick"に変更し、View > Color > Bonds からカラースケールで'Order'を選択すると、下表のように色分けがなされ、視覚化することができる。

Name 結合次数(Order) 色(Color)
単結合(Single bond) 1 グレー(gray)
共鳴(Resonance bond) 1.25 青(blue)
共鳴(Resonance bond) 1.33 マジェンタ(magenta)
共鳴(Resonance bond) 1.5 赤(red)
共鳴(Resonance bond) 1.66 明るいオレンジ(bright orange)
二重結合(Double bond) 2 黄(yellow)
共鳴(Resonance bond) 2.5 ライムグリーン(lime green)
三重結合(Triple bond) 3 緑(green)
四重結合(Quadruple bond) 4 シアン(cyan)


また、結合次数はpH依存性に基づき割り当てられる。YASARAは、次の二つの方法でpHの影響を考慮している。
1.一般的なpHモデル:
SMILES文字列のライブラリに基づき、現在設定されているpH(Default pH)に従って、結合次数の割り当て、水素原子の追加を行う。
Default pHはOptions > Default pHで変更可能。変更の際に'Adjust bond orders and hydrogens'ボックスをチェックすると、変更後のpHに適した状態になるようにすべてのBondの結合次数および水素の再割り当てが自動で行われる。
SMILES文字列ライブラリには、「カルボキシル基はpH4以下で中性、それ以上では負に帯電する」等の記載がされている。
詳細は、ファイル"yasara.def"の'GROUP_DATA'セクションを参照。

2.アミノ酸専用pHモデル:
分子動力学シミュレーション等を行う場合、上記の一般的pHモデルでは不十分である。
特に活性部位の残基は環境に応じて大きなpKaシフトを示すことが多く、「カルボキシル基はpH4以下で中性である」という一般的モデルに代わって、「残基Glu 42のpKaが5.1に上昇し、プロトンはOE1の酸素に存在しやすい」というような特別なモデルが選択される。
これらのpKaの予測は、分子動力学シミュレーションの準備として用いられる「細胞中和実験(cell neutralization experiment)」によって行われる。なお、pKaResコマンドを用いて実験的に測定したpKa値に上書きすることも可能である。

まず初めに Edit> Clean> All 等の操作を行って一般的pHモデルを適用し、その後Option > Choose experiment > Cell neutralization 等の操作で細胞中和実験を行うのがよい。細胞中和実験完了後は、特殊な調整がなされていることが考慮されないため、再び一般的pHモデルを適応させないように注意すること。
次に、一般的pHモデルの概念をいくつかの例で示す。


Figure: pHの値に基づく結合次数と水素付加パターン(protonation patterns)

上図はpH0~14の環境における7種の低分子の様子を示したものである。左から順に解説する。

1.フェノール:
芳香環のC-C結合は全てほぼ同等であり、結合次数は1.5(赤)である。pH10以上でヒドロキシル基はプロトンを失う。
2.酢酸:
pHが0から4の場合、カルボキシル基は中性であり、一方の酸素は二重結合(黄)を示し、他方には水素が付加されている。pH5以上ではプロトンがなくなり、両方の酸素は等価となって次数1.5(赤)の結合を形成する。
3.イミダゾール環:
pH6が0から6の場合、環がプロトン化され、2つの窒素がそれぞれ1つの水素を持ち、中間の炭素と次数1.5の等価な結合を作る。したがって、窒素の原子価は3.5となり、個々の窒素の形式電荷は+0.5、合計で+1となる。pH7 以上では対称性が損なわれ、分子は中性となり、水素が脱離した窒素が二重結合を形成する。
4.硫酸:
pH2未満では、分子は中性であり、2つの酸素は二重結合を形成し、他の2つは水素を保持する。 pH2~6では水素1個が脱離し、3つの酸素は共鳴効果により等価となって、それぞれ次数1.66(オレンジ)の結合を形成する。硫黄原子の原子価は6(1 + 3×1.66)となり、3つの酸素それぞれに生じる形式電荷は-0.33、合計-1になる。 pH7以上では、両方の水素が分離し、4つの酸素は全て1.5の等価結合を形成する。結果として生じる4つの形式電荷は-0.5、合計して-2になる。
5.グアニジウム基:
アルギニンの側鎖の一部を形成する官能基であり、共鳴効果のために強い塩基となっている。 pH12以下のとき、基はプロトン化され、各窒素は中心炭素に次数1.33(マゼンタ)の結合を形成する。したがって、炭素原子価は通常のまま(4)であり、各窒素は3.33の原子価を有し、個々の形式電荷は+0.33、合計で+ 1になる。 pHが13になると、対称性が損なわれ、1つの窒素がプロトンを失い、二重結合を形成する。
6.炭酸:
pH7未満では、分子は中性であり、一方の酸素は二重結合を形成し、他の2つは水素を持つ。 pH 7~10では、水素1個がなくなり、2個の酸素は次数1.5の等価結合(赤色)を形成する。 pH11以上の場合、両方の水素が解離し、3つの次数1.33(マゼンタ)の等価結合となる。酸素3つの形式電荷は-0.66、合計で-2となる。
7.ホスホン酸:
炭酸と同様。リンは価数が5であるので、追加の水素原子を有する。

 


・Local coordinate system


個々のObjectに適応される座標系のこと。
一般的な分子視覚化プログラムは単一座標系で動作するものが多く、複数のPDBファイルをロードしてそれを個別に移動したり回転させたりすると、不具合が生じる場合がある。
YASARAでは、すべてのObjectが独自のLocal coordinate system(ローカル座標系)を持つ。ローカル座標系はPDBファイルで指定されるデカルト座標(直交座標)に対応している。
ファイル読み込みの際に'Center'オプションを無効にして(File > Load からロードする場合は右上の'Center object'ボックスのチェックを外して)ロードを行うと、個々のAtomのローカル座標はPDBファイルのデカルト座標と完全に一致する(左手座標系の場合はX軸のパラメータの正負が反転)。
Objectを'Center'に設定すると座標が移動し、左手座標系を使用するとX座標の符号が反転するが、Objectの移動または回転によって原子座標が変化することはない。

ただし、場合によっては複数のObjectのローカル座標系が一致することが望ましい場合もある。ローカル座標系を一致させる方法としては以下のような手法が挙げられる。
1.'Center'オプションを無効にして、Objectを互いに重なり合わせてロードする(重ね合わせがなされるまでObjectは移動させないこと)
2.Transferコマンドを用いて、あるObjectを他のObjectの座標系に移動する。
※互いに関係するObjectの座標系を一致させる場合には上記二つの方法が有効
3.Superposeコマンドを用いて、Objectを重ね合わせる。
4.Joinコマンドを用いて、Objectを統合する。
5.Transformコマンドを用いて、Objectの座標系を変換する。
6.シミュレーションを開始して、Objectをシミュレーションセルの座標系に転送する。

同様に、相対位置を反映する原子座標を持つ2つのObjectを独立して保存する場合は、ローカル座標系が一致すること、すなわち2つのObjectが同じグローバル座標を持つことを確認する必要がある。
Edit > Transfer > Objectを選択し、1つ目のObjectを指定、次に2つ目のObjectを指定、最後に上から3番目のオプション'Fix atoms on screen during the transfer...'を選択すると、両方のObjectが同じグローバル座標を共有する。
※PDBファイルを保存する場合には、'Transform'ボックスのチェックを外す必要がある。

 


・Global coordinate system


Scene全体に適応される座標系のこと。
すべてのObjectは、YASARAのGlobal coordinate system(グローバル座標系)によって配置・方向付けがなされる。
これらのグローバル座標はObjectを移動または回転させると変化する。
単一のObjectを指定しない限りは、すべてのObjectは一つの座標を共通の中心として回転する。

下図はローカル原子座標からグローバル画面座標を生成する方法を図解したものである。
Objectはまず原点(Screen Center,0/0/0)に配置される。
次にX,Y,Z軸それぞれについてAlpha,Beta,Gammaの角度で回転される。(回転の角度はOriObjコマンドか、マウスでの回転で変更が可能)
最後にグローバル位置(Global PosObj,デフォルト0/0/50)に移動される。(グローバル位置はPosObjコマンドか、マウスでの移動で変更が可能)

座標システムは左手座標系(left-handed coordinate system,デフォルト)と右手座標系(right-handed coordinate system)の両方を選択可能。
座標システムの切り替えは Option > Coordinate system より変更できる。(切替えの際にはClear処理(Sceneの削除)がされるので注意)

 

原子の周囲に球オブジェクト(Sphere)を発生させたい場合など、ローカル座標系だけが分かっている位置にグローバル座標系でObjectを配置したい場合には、以下のような方法を用いて移動先のグローバル座標を取得してObjectを配置する必要がある。
以下では例として、PDB:1crnのAtom 1上に球オブジェクトを発生させる手法(左手座標系の場合)を記す。

1.PosAtomコマンドに'CoordSys = Global'を指定してグローバル座標を取得し、その座標にObjectを移動する。
 入力例(以下コンソール内):

LoadPDB 1crn.pdb
PosAtom 1,CoordSys=global
#出力 Atom 1 N THR 1 A global position: X=-7.778, Y=4.312, Z=46.658 A
ShowSphere radius=3,color=blue,alpha=50
PosObj Sphere,X=-7.778, Y=4.312, Z=46.658


2.'Center'オプションを無効にして(メニューから選択する場合には'Center object'ボックスのチェックを外して)PDBファイルをロードすると、ローカル座標がPDBファイルのデカルト座標と一致する(左手座標系の場合はX軸のパラメータの正負が反転)。次いでObjectのグローバル位置を0/0/0に移動させると、グローバル座標をPDBファイルのデカルト座標およびローカル座標と一致させることができる。最後にPDBファイルのデカルト座標に合わせてObjectを移動する。
 入力例(以下コンソール内):

#まずPDBファイルを確認してAtom1の座標を取得する。
#(PDBファイル内:ATOM 1 N THR 1 17.047(←X座標) 14.099(←Y座標) 3.625(←Z座標) 1.00 13.79 1CRN 70)
#座標を入力する際、左手座標系ではX軸の符号が反転することに注意。
LoadPDB 1crn.pdb ,Center=No
PosObj 1crn,X=0,Y=0,Z=0
ShowSphere radius=3,color=blue,alpha=50
PosObj Sphere,X=-17.047,Y=14.099,Z=3.625

 

2018年12月27日